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マッケンジー先生自叙伝:Against the tide 24
スミス氏が登場し、マッケンジー先生の運命の歯車が回り始めます。
マッケンジー先生が真に偉大だと思うのはこれからです。
たまたまうまいこといった、という場面に遭遇して、それを敏感にとらえて、流してしまうことなくこだわった。
そして、それをまたなんの保障もなく、すべての患者さんに実験してみるんですね。
一応、客商売でもあり、悪評が立つかもしれませんのにね。
その結果を詳細に記録して研究を重ねる。
それも世の風潮、当時の常識にあらがって、自分の信じる道を突き進むのです。
Against the tideのはじまりです。
では、師匠、どうぞ。
第5章 Mr.Smithと、理論ができあがるまで
スミス氏の一件があって、私はたまげてしもうて、これまでやってきたことが信じられんようになりました。
いままで、あかんやろうと避けられてきとった方法が、これからの腰痛治療ではどんどん取り入れられるべきなんやないかと考えて、これまで学んできたことやなんかを見直してみたんです。
まず私は、電気治療いうのがホンマになんらか効果あるもんなんかを考え始めした。
腰痛を起こす原因になる可能性があるモンいうて、今までいわれてきたことを振り返ってみると、温めたり冷やしたり電気刺激したりすることで、さんざん使うてすり切れたりずれたりしている腰の関節やら椎間板やらの状態が変化していくやなんてありえんことやと思たんです。
これが王道やとされてきたやり方と、全く逆のことをしとったスミス氏の腰がふつうに動くようになって,48時間の内に痛みも消えてしもた。
当時の常識からすると、症状は悪うなっていってもよさそうなもんですけどねぇ。けっこうなくらい腰を反らすいうのも、坐骨神経痛がでている場合に一番やったらあかん、いわれとった姿勢ですやないですか。坐骨神経の圧迫が強そうな場合はよっぽど気ぃつけて経過みんといかんと言われてきました。
そやのにそないなことは何も起こらんかったんです。
症状の改善があまりに劇的やったんで、これまでの腰痛の診断と治療は間違うとったんやないかと考えもしました。
スミス氏がなんで良うなったんかを考える一方で、同じことを他の患者さんにしてみたらどうなるのやろう、なんて考えるようになっていました。
次の年にかけて、腰痛と坐骨神経痛の症状があったり、体を最大限反らさせると下肢への放散痛がみられた患者には、片っばしからみんな例の治療台にうつむせになってもらい、5分から10分くらい腰を反らしたままにしてもらっていました。
スミス氏の症状が驚異的に治ってしもたのには、いったい何が起こったのか、何であんなに早く、何の害もなく良うなったのかを知りたくて、他の患者さんでも注意しながら実験してみなあかんと思てたんです。
患者さんに腰を反らしてもろてるあいだ、私は症状に変化が出てこないのかを訊き続けたんですが、その答えは様々で、余計わからんようになりました。
もし反らす姿勢そのものがエエのんやったら、2~3分で痛みがマシになるやろと思てました。
多くの患者さんでスミス氏みたいにすぐに反応がありました。
でも、そうやない人らもおったんです。痛みが強うなってしもた人らもいて、下肢へと痛みの範囲が広がることもあった。数週間の経過で、ゆっくり反応を現すこともありました。極端に反らす方向では、何の反応も示さん人らもいてはりました。
ちゅうことは結局、反応の早い人、遅い人、何の反応もない人、状態が悪なる人もおったと、こういうわけですなあ。
まったく、疑問だらけですわ。
どんな変化が脊椎の関節で起こっているのですやろか?
こんなにすぐ治ってしまうやなんてことが起こり得るのですやろか?
ふつうに考えると、組織の治癒には2、3週間の時間がかかるし,ましてや1日2日で治ってしまうなんてこと、起こるワケないですがな。
組織がゆるんで、動きやすくなっとるとしても、あちこち痛みが移動するっちゅうのはどういうワケですやろか?
まだ、それは説明つけられんことはないにしても、なんで患者さんの反応があんなに多種多様ですのんや?
どないにして腰痛が背中の逆の側へ移動するっちゅうんですやろ?
腰から下肢へ痛みの場所が変わっていく、いうのはどうですねんな?
ある日に右下肢にあった痛みが、数日すると左下肢に変わってる、いうのはどうです?
1日で劇的な回復をみせて痛みがなくなった人は、次はどうなるんですやろ?
次から次へと疑問が浮かんでくるんですわ
こないなことを一生懸命考えていて、ひらめいたんはJames Cyriax先生の文献ですわ。
Cyriax先生はロンドンのWimpole Streetで開業している整形外科医で,以前から彼の仕事は気になってまして、彼が書いた腰痛の徒手療法の本も読んだことがありました。
彼はいわゆる腰痛いうのは、椎体の間にある椎間板が傷ついたり、切れたりしたときに起こるもんやと考えてはるようですのや。
椎間板は柔らかくてゲル状の内容物があって、圧迫を受けるといろんな方向へ膨らんでいくような形をしとる。
もし椎間板が突き出るようになるなら、腰痛の原因になりえますやろし、坐骨神経痛を引き起こす原因としても十分ありうることですわ。
私がみた劇的な変化は、椎間板がどの方向に、どれだけズレが生じるかで出てきたもんですかいなあ。
Cyriax先生は腰痛の原因として、とても合理的でもっともらしい説明をしてはりましたし,私が集めつつある腰痛患者のデ-タと照らし合わしてみても妥当やと思うような結果がでてました。
問題はCyriax先生の言うてはることが正しいと、太鼓判押してくれはるようなエライさんが他におりはらなんだっちゅうことですわな。
そんな中で、長年Cyriax先生の言わはることを信じ続けるいうのも、けっこう重荷には感じておったんですわ。
腰を曲げのばししたときの圧力によって椎間板が関節の間を動くことがあり得る,いうことを私は確信するようになってきてました。
患者の症状が素早く良うなった時いうのは、ズレた椎間板の位置が元にもどる、いうことやないのんやろか?
何にも変化がない場合,いうのは椎間板が固定されて動かん場合とちゃうのやろうか、としたら、そら,何ででっしゃろなあ。
ずっと後になって、記録したもんを見直して考えてみると、速やかな変化がなかった人らは、症状出てから数ヶ月、ないし半年以上たっとった人らでしたわ。
反応が遅れる、いうのはどういうワケですやろか?
傷ついた組織の治癒過程や、いうことでしょうかな?
Cyriax先生はすべての腰痛は椎間板から来ていて,急な痛みはその他の部分からきていると言うてはります。痛みがゆっくり生じてくる時は,椎間板の中心部分にある髄核という柔らかいやつがズレてくるのやろうとも、いうてはります。
このことを思い出したときに、スミス氏の痛みが急に消えたのがなんでかひらめいたんです。
腰を反れる分だけ全部反らせるようにさせたから、ズレた髄核への圧力が変化したんやと。伸展(反らす)の圧力が椎間板の膨らみを減少させて、坐骨神経を構成する神経根への圧迫をも減少させてるんやないやろか?特定の肢位が椎間板のズレを再発させたり出来るんやろか?それがホンマなら、オモロイやないか。
それが後にDisc model理論として知られることになったんです。