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マッケンジー先生自叙伝:Against the tide 35
今日のマッケンジー師匠の話にも出てくる、患者さんの奪い合いというのは、まさに日本の現況もそうですね。
腰,肩などの痛みがあって、すぐに整形外科を訪れる方は年々少なくなってきています。
まず整骨院での整体治療やカイロプラクティック、マッサージ院などでの施術を受け、なかなか治らないからレントゲンでも撮ってもらうか、と整形外科の門をくぐられるというのが今や一般的になってきているのかもな、と感じます。少なくとも、臨床の場で患者さんの話を拝聴していると、そう感じています。
整形外科が第一選択にならないのは、何故なのか。
こと腰痛、肩痛に関しては特に、整形行ってもレントゲン撮って年齢相応の変形ですねと言われるだけ、注射や電気かけたり引っ張ったり温めたりして、痛みどめの薬や湿布、出されるだけで終わりや、と感じておられる方が多いのではないかと思いつくのですがどうなんでしょうか。
全ての痛みを治せると豪語するつもりはありませんが、少なくとも、現状をはっきりさせて、「ごまかし」ではない、何らかの対処を提供すべくコツコツ努力していくことで、整形外科(特に手術をしていない、街の整形外科クリニック)への印象を少しでも変えていくしかない、そういう想いで日々診療しています。
あれっ、いつの間にかうちの宣伝になってますね、これって、、
すんません、師匠。
では、どうぞ。
クリニックを開業して初めの年は、カイロプラクティックの人らから、私らの職がなんやおびやかされとるような感じがしてましてん。
カイロプラクティックは段々認められるようになってきてまして、患者さんを奪い合うようにもなってきてましたわ。
ニュ-ジ-ランドでカイロプラクティックにかかってる患者さんらが、カイロプラクタ-を国のヘルスケア政策に組み込んで法的に認められるように陳情したりしてますねん。
そういった圧力が強なってくると、私らも自分の職域を守るためにカイロプラクティックに反対するようになりますわいな。
60年代後半、Brian Mulliganと私と、あと数人の有志でNew Zealand Manipulative Therapist Assosiation(NZMTA)を設立して、法的にも認められました。
私が初代会長に選ばれ、また徒手療法の上級講師にもなりました。
Brian Mulliganはインストラクタ-に任命されました。
LowerHuttで開業しているCraig Cameronに秘書をしてもらうことになりました。(CraigはDunedinの理学療法学校の初年度生徒、男性5人のうちの一人です)
私らの目標は脊椎徒手療法が使える理学療法士を育成していくことでした。
リハを処方しようとする医師らに利用してもらえるような理学療法士の徒手的治療が既にあるのやから、カイロプラクタ-だけが徒手的治療を出来るいうわけでもないですし、カイロプラクティックは必要ないんとちゃいますか、いうことを政治家のみなさんに説明していく,いうような戦略を考えました。
New Zealand Medical Associationと協定を結んで、そういう方向での同意をとりつけましたんや。
1968年、Keith Holyoak総理との会合がもたれました。
Wellingtonの循環器専門医であり、当時の医学制度の指導者的立場にいたはったSir Charles Burnsが仲介してくれはりました。
Private Practitioners’Assosiationからの多数の参加者に混じって、私も顔を出しました。
Sir Charlesは、カイロプラクティックは科学的な裏付けもない怪しい療法で、それを認めるいうことはインチキ治療を認める、いうことになりますんやでっ!とHolyoakeに投げかけました。
返ってきた答えとは全くもってHolyokeらしいもので、「Sir Charles、君に分かってもろとかんといかんことがありますのやが、政治の場っちゅうのは崇高なもんでして、そのような偏見に満ちた陳情を拝聴しに、私はここにおるのやないんですわ」と、その一言で会見はお開きになってまいましたわ。